30人以下学級の流れをたしかに
予算削減に反対し、私学助成の充実にがんばる |
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| 30人以下学級の実現にねばり強く取り組む |
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○初質問から、30人学級の実現を求める○
はたの(畑野)君枝議員は、1998年の初質問から30人学級・少人数学級実現のためにがんばってきました。
はたの議員は、「30人学級」の実現を求めた当選後はじめての国会質問以来、13回、歴代5人のすべての文部科学大臣に30人学級、少人数学級の実現を迫ってきました。
1998年9月24日、初めての国会質問となった文教科学委員会で、「30人学級を今まさに国として実行に向かうべきとき」と要求。有馬朗人・文部大臣は「今後の教職員配置のあり方等について検討を開始したい」と答弁しました。
○30人学級の経費――約1兆円を初めて明らかに○
2000年3月28日、はたの議員は文教・科学委員会で、30人学級を実現する場合に必要となる経費や人員数などを明らかにするよう質問。矢野重典・文部省教育助成局長は、「直ちに30人学級を実施する場合を試算すると、教員数約12万人、経費にして約9800億円が必要と見込まれる」、「各学校ごとに同一学年の児童生徒数を30人で除して算定される学級数と40人学級で編制されている現在の学級数の差をみると、約9万学級の増加が見込まれる」と答弁しました。
このときまで、日本共産党の議員がさまざまな試算を示して、30人学級実現の基礎となる予算額などを明らかにせよと迫ってきましたが、文部省は応じていませんでした。
公立小中学校で全学級を30人以下にするとなると、毎年約1兆円かかることがはじめて明らかになり、公共事業のムダづかいなどと定量的に比較しながら、実現計画を作成できるようになりました。この数字はその後、野党が30人学級法案を模索、法案を作成し、共同提出に踏み出す一歩となりました。
○「30人学級法案」をめぐる本会議での与野党攻防○
「30人学級」を実現して子どもに豊かな教育を保障しようという父母・教師などの運動は、全国で十数年にわたり毎年、数千万の請願署名を集め、またその声を反映して多くの自治体が意見書を採択するなかで、30人学級を実現するのか、これに反対するのかが重要な緊急の政治課題となりました。
2001年3月8日、衆議院本会議で、30人学級実現のための法案をめぐって与野党の攻防が繰り広げられました。
政府の「義務標準法改正案」(公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律等改正案)は、学級編制の標準を現行の40人のままに据え置き、主要3教科を習熟度別で「少人数授業」を実施するというもの。これにたいして日本共産党・民主党・社民党の野党案は、9年間で30人以下学級を実現し、このため小中高教員約27万人を増員するというもの。
この本会議では、日本共産党の石井郁子議員が法案の提案者として演壇から答弁しました。
野党の「30人学級」法案は、自民・公明・保守・自由党の反対多数で否決。しかし、参議院では、野党3党と無所属の会は、「30人学級法案」を提出しました。
3月26日、参院本会議で、政府案と野党案の質疑が開始され、はたの議員が代表質問に立ち、日本共産党の阿部幸代議員が民主・社民党議員とともに野党案について答弁しました。
石井衆議院議員が本会議で答弁したのも、参議院で日本共産党が法案を共同提出し、質問し、答弁するという三拍子そろったのも国会史上はじめてでした(衆・参院、議事課調べ)。こうしたことは「30人学級」の実現を求める幅広い国民の運動と結んだ国会のたたかいによって実現したものです。
○「30人学級法案」のインパクト――少人数学級が30道府県に広がる可能性○
「30人学級法案」は自民・公明・保守・自由党の反対で成立しなかったものの、少人数学級実現を求める声の高まりに応じて、県など地方自治体は、国の施策にしびれを切らして、「学級編制の弾力化」条項を活用し、独自の予算で少人数学級を実施するようになっています。
2003年末で、少人数学級を実施しているか、その可能性のある道府県は30になっています。「30人学級法案」が審議された2001年度で10県、2002年度で22道府県に、2003年度では30道府県に増えました。学級編制が弾力化されて以来、少人数学級実施・可能道府県が3倍になっています。このように「30人学級法案」はその後大きなインパクトを及ぼしています。
しかし、全国どこでも等しく30人学級をつくるためには、国の責任と予算で少人数学級を実現していくことが求められています。全国都市教育長協議会と全国市町村教育委員会連合会は、明確に「30人学級」(2003年7月)を要求しています。
ところが、学級編制を弾力化していない神奈川県では、小学校の約62.7%、中学校の85.9%が31人以上の学級となっており、少人数学級の実現にほど遠い状態になっています。
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| 少人数学級に冷や水をあびせる――義務教育費国庫負担金の削減 |
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義務教育は、無償で国民に妥当な規模と内容の教育を保障するため、国が必要な経費を負担することになっています。ところが、2002年末、小泉内閣は国庫補助負担金の「三位一体」改革と称して、義務教育国庫負担金を削減するか、「一般財源化」する方向を打ち出しました。
はたの議員は、2003年度予算編成の最終段階の2002年12月19日、河村健夫・文部科学副大臣に、義務教育費国庫負担金のうち、共済費長期給付及び公務災害補償基金負担金にかかわる2200億円の一般財源化について、「義務教育費国庫負担を堅持せよ」と申し入れました。
はたの議員は、2003年3月25日、文教科学委員会で、負担金の削減が地方自治体の財政に影響を及ぼし、すでに自治体で実施されている少人数学級に冷や水をあびせ、せっかくの努力を水泡に帰すものであることを明らかにしました。
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| 私学助成――「進める会」とともに拡充に努力 |
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はたの議員は、私学助成についても30人学級実現とともに、国会の初質問でとりあげ、運動の前進とあゆみながら、私学助成の充実のため力を尽くしてきました。
「ゆきとどいた教育を進める会」は15年にわたり、世界でもまれな教育運動を続け、毎年「私学助成を求める全国3000万署名」の集会を開いています。はたの議員は、署名集約集会、国会提出集会や全国私教連の集会に参加してきました。はたの議員は、「各地の実情をきいて改めて深刻さを実感した。みなさんの期待にこたえて頑張りたい。(署名は)万里の長城のようだ」と激励しました。
はたの議員は、2001年6月8日、全国私立大学教授連合会と懇談し、日本の高等教育への公的支出の国内総生産比は0.5%で、アメリカの3分の1、イギリスの2分の1であり、いっそうの予算拡充が求められていることなどについて話し合いました。
はたの議員は、2002年12月3日、文教科学委員会で、私学に学ぶ生徒が修学旅行をやむなくやめる事態が生じていることなどをあげ、「国の姿勢として、お金は出すが口は出さないというスタンスで、私学の自主性を尊重」した私学助成の拡充を求めました。工藤智規・文部科学省高等教育局長は、「私学助成は、基盤的な助成をするもの。私学の努力に応じてその充実に努めていく」と答弁しました。
父母や教育関係者などの運動によって、はたの議員が当選した1998年度から2003年度の6年間で、高校以下の私学助成は国庫補助で253億円(33.8%)、地方交付税で316億円(6.5%)、大学等の私学助成は267億円(9.1%)それぞれ増加しました。 |
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学校施設の整備・改善を実現
トイレ改修・学校耐震化 |
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| トイレ改修――約1300校のトイレ改修とPCB蛍光灯の交換 |
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長年の国と地方の教育予算削減によって、施設整備が放置され、学校の老朽化が進んでいます。日本共産党国会議員団は、1999年に全国調査を行ない、国会で、老朽校舎などの改築・改修を迫りました。
はたの議員は、1999年3月9日、文教・科学委員会で、神奈川県や東京都の小学校、中学校や高校を調査した内容をふまえ、「トイレは人権問題」「児童がPCBを浴びる事故が起きており、一刻も放置できない」と、トイレの改修とPCB蛍光灯の交換を要求しました。その結果、2000年度の予算で、トイレ改修とPCB蛍光灯交換の補助基準が改善されました(補助下限2000万円が400万円に軽減され、市町村が利用しやすい制度になりました)。その結果、全国の公立小中学校では2001年度で631校、2002年度で675校で、補助・改修が実施され、神奈川県では延べ178校になります。
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| 学校耐震化――神奈川県はトップに |
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1995年1月の阪神・淡路大地震の直後から、日本共産党国会議員団は、とくに防災拠点としての学校の耐震化問題をとりあげ、耐震化計画の策定、予算措置、国庫補助などについて政府を追及してきました。その中で、はたの議員らが提出した質問主意書(2002年6月26日)によって「学校の耐震性を有する校舎等は45.6%」しかないことが明らかになりました。
はたの議員は、2002年11月7日、文教科学委員会で、国立学校施設や私立学校を含め学校施設の耐震診断を実施し、必要な耐震化工事・改修を急ぐことを求めました。
はたの議員は、2003年1月28日、予算委員会で、遅れている公立学校施設の耐震補強、改修工事は、「従来型の公共事業」に比べて雇用と生産誘発効果など経済波及効果がもっとも高いことを文部科学省の資料(1000億円あたりの雇用効果は約4.4万人、地元受注率は80%)を示し、耐震工事などを計画的に推進することを要求しました。
文部科学省は2003年4月、「学校施設の耐震化推進に関する調査研究報告書」を作成、重点を決めて実施する方向を打ち出しました。神奈川県の公立小中学校施設の耐震化率は73.3%、耐震診断実施率も87.1%と、全都道府県のトップになりました(神奈川新聞、2003年8月6日)。 |
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爆音にさらされる学校にもエアコンを
高校エアコン維持費に道をひらく |
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| 米軍機の爆音にさらされる児童生徒の実態調査を |
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はたの議員は、2001年3月22日、文教科学委員会で、航空機の爆音にさらされている児童生徒、教師の実態を訴えました。――
航空機の騒音問題が 最もうるさい地域(うるささ指数・W値)80以上の地域では、中学・高校で100%が授業を一時中断する、そして1時間当たり6回以上も授業を一時中断する。教師の多くが、こういう騒音・爆音は児童生徒の集中力や思考力、理解力に大きな影響を与えていると考えている。児童生徒の83%は、先生の声が聞き取りにくいと回答している。――これは神奈川県が2001年2月公表した「厚木基地周辺生活環境調査」報告書の一部です。
はたの議員は、国として専門家を配置して「子どもの立場・学校教育への影響」という角度から調査を実施すべきと主張する一方、基地周辺の学校に冷房設備を完備することを要求しました。
はたの議員は、同調査で、90%以上が冷房設備を早くつけてほしいと回答していること、W値80以上の地域で冷房設備があるのは、小学校22.2%、中学校100%、高等学校ではゼロとなっており、「暑くても窓をあけられない、冷房設備が欲しい」となっていることをあげ、「小学校もちろんのこと、全く設置されていない高校についても国としての補助の対策をとる」よう要求しました。町村信孝・文部科学大臣は「防衛施設庁とも連絡をとり、騒音対策の円滑な実施に努めていきたい」と答えました。
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| 高校のエアコン維持費補助を実現、蒸しぶろ教室解消へ |
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防衛施設庁は2002年度から、高校の空調設備(エアコン)維持管理費の助成を始めました。
これまでエアコンの助成は、基地周辺の小中学校、幼稚園、保育所が対象になっていましたが、高校は沖縄県だけに限られ、本土の高校は対象外になっていました。この措置によって、神奈川県でも高校設置者の県などに超過負担となる維持管理費(電気代など)を補助することになりました。
厚木基地周辺でエアコンのある高校はゼロ。夏は、閉め切れば蒸しぶろ状態になるため、米軍機の爆音にさらされながら窓を開けて授業をやらざるを得ないのが実情でした。高校のエアコン維持費補助制度の適用は、父母、学校関係者の強い要望である空調設備の充実を一歩進めるものです。
はたの議員は、2001年3月22日の文教科学委員会で冷房設備の設置を急ぐよう求めたのをはじめ、はやくから日本共産党の地方議員、新日本婦人の会などと連携し、文部科学省や防衛庁に実現を要求する活動を進めていました。 |
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養護教諭、日本語教育教員の増員を実現
充実した教育を |
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| 「保健の先生」――養護教員を増員させる |
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はたの議員は、2000年8月9日、文教・科学委員会で、保健室に不登校を含む子どもが殺到している実態を示し、養護教諭の増員を要求しました。文部省は2001年度からの定数改善計画の中で、養護教諭を複数配置することにしました。
養護教諭はそれまで学級数を基準として30学級以上の学校に複数配置されていましたが、児童数を基準にすることとし、小学校851人以上、中学校801人以上、高校収容定員801以上の学校に複数配置することとなりました。2001年からの5年計画で974人を増やすことになりました。
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| 日本語教育の教員増を |
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| はたの議員は、1999年3月9日、文教・科学委員会で、横浜市の小学校の外国人子女教育問題をとりあげ、日本語教育のために配置されている教員を増員するよう求めました。御手洗康・文部省教育助成局長は、外国人子女にたいする日本語教育の現状と教員配置について、1999年度で第六次教員配置改善計画の前倒しによる加配定数の増員について「都道府県と個別に相談し配分したい」と答弁しました。翌1999年度から日本語教育教員は約100人弱増員され、横浜市でも外国人子女が通学する小中学校に加配されました。 |
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不登校児・中学未修了者に
教育の手をさしのべる |
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| 不登校児は在籍者と数える |
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はたの議員は、1998年9月24日、文教・科学委員会で、1985年の文部省教育助成局長通知の教員定数算定における不登校児の要件は実態に合わなくなっており、削除するとともに、文部省の新たな方針を徹底することを求めました。通知は「1年以上当該学校に通学していない児童生徒は、教職員定数の算定上は在籍者としない」と規定しているため、はたの議員は不登校児が在籍者でないかのように受けとめられると削除を要求。御手洗康・文部省教育助成局長は、「その後、出欠の取り扱いをかなり弾力化した通知を1992年9月に出した。1985年の通知がそのまま適用するものではないことを十分趣旨徹底を図っている」と答弁し、不登校児は在籍者に入ることを明らかにしました。不登校児を在籍者として数えることは教員・教室を増やすこととなり、これらの児童生徒の帰ってくる場所を確保することになります。
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| 夜間中学の増設、未修了者の実態掌握を要求 |
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はたの議員は、2003年3月26日の文教科学委員会で、義務教育未修了者の希望のとりでとなっている夜間中学の増設を求めました。
公立夜間中学は現在8都府県に、35校、生徒数枠が約3000人分しかないため、入学を希望していても通学できないため断念したり、遠距離通学や転居を余儀なくされる人が多く出ています。
はたの議員は、義務教育未修了者の人数は、学校基本調査ではわからず、最終学歴の調査項目がある国勢調査では小・中学卒業をひとまとめに扱っているため、正確な人数が把握されていないことを明らかにし、教育を受ける機会を行きわたらせる国の責任を果たすためにも、実態掌握の強化を求めました。
はたの議員はまた、都道府県・政令都市に一校以上の夜間中学を設置し、自主夜間中学を運営している地域では一日も早く公立夜間中学を開設することを要求、遠山敦子・文部科学大臣は「学びたい人が学べるようにしていきたい」と答弁しました。
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| 教育基本法改悪の中教審答申を批判・愛国心押しつけは不当 |
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はたの議員は、2003年3月20日、文教科学委員会で、教育基本法「改正」を求めた中教審答申を批判し、政府が「内心の自由」に介入することとなる教育振興基本計画の策定を中止するよう要求しました。
はたの議員は、教育基本法「改正」に国民的合意はまったくなく、25の教育関連学会から「審議の中止」を含む要望が出されていることをあげ、計画の策定をやめることを主張しました。遠山・文部科学大臣は答申に「しっかり対応したい」と強弁。
はたの議員は、中教審答申にもりこまれた「国を愛する心」の「国」について、「イラク攻撃を容認する政府をいただく日本」も「国」に含まれるかと論じ、「国を愛することは個人の内心にかかわる問題」であり、法律で一律に子どもたちに押しつけるのは不当だと批判しました。 |
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「学校を続けたい」の声に
こたえる奨学金を |
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| 緊急採用奨学金――2.6万人が奨学金をうける |
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はたの議員は、1998年9月24日の文教・科学委員会で、長引く不況のもと、親の失業やリストラによって高校中退が激増しているなか、「学校を続けたい」という希望にこたえるため、奨学金の応急採用制度の基準の弾力的運用を求めました。はたの議員は、主たる家計支持者が死亡または生別した場合、失職した場合に奨学金を受けられることとなる「応急採用」についてただしました。はたの議員は、この採用の際の学力基準は高校1年生は中学校の成績が3.3以上、高校2、3年生は2.8以上となっているとし、「応急採用の場合は成績を要件にするべきではない。家庭の状況が悪化して、アルバイトなどでなかなか学習に集中できない」とこれらの基準を改めることを要求しました。佐々木正峰・文部省高等教育局長は、「応急採用制度によって、今回の不況等により奨学金が必要となった者に適宜対応していく。学力基準については、通常のケースよりは緩やかな基準で対応をしている。家計基準についても急変後の所得を勘案するなど、弾力的な扱いをしている」と答弁しました。
1999年、応急採用を引きついで、家計急変(失職・災害等)時のために「緊急採用奨学金制度」が創設され、2002年度までに延べ2万6000人が貸与を受けました。この奨学金の学力基準は「勉学意欲のあるもの」と改められ、奨学金が受けやすくなりました。
はたの議員は、2003年5月15日 文教科学委員会で、緊急採用奨学金のうち高校生分が都道府県に移管されることにともない、同制度を安定的に維持するため長期的な国の補助を求めました。河村建夫・文部科学副大臣は、「一定期間、10年から15年にわたって、2000億円交付することでつめている。地方財政が逼迫してもこの事業が困難になることはない」と答弁しました。
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| 奨学金返済取立て止めよ |
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はたの議員は、2002年11月7日、文教科学委員会で、日本育英会が独立行政法人化する前に、民間の債務保証機関に回収業務を委託して、電話をかけて照会していることをやめることを要求し、また大学院生の返還免除職は廃止すべきでないと主張しました。
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| 教育の機会をうばう日本育英会の廃止と奨学金制度の改悪 |
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2003年、日本育英会廃止法案が提出され、はたの議員は、「国民の教育を受ける権利を保障する事業である奨学金事業を効率化や経費削減を優先する独立行政法人に委ねること」に反対しました。
はたの議員は、2003年5月15日、文教科学委員会で、貸与を受ける学生が一定の保証料を支払う機関保証制度の導入は、長期にわたる奨学金返還の教育「ローン」化を進めるものと批判し、また「返還免除職制度」の廃止や高校奨学金事業を都道府県に移管することは、学生・生徒に大きな打撃を与えると主張しました。
はたの議員はまた、新たに作られる在学中特に優れた業績をあげた大学院生への返還免除制度について、評価の公平性や財源規模が縮小されるという懸念があり、むしろ免除制度を拡充すべきだと質問しました。河村建夫・文部科学副大臣は、「将来をになう優秀な人材、中核的人材を確保するという観点から、免除制度を維持していくことが大事」といいながら、「これまで3割近い人が免除を受けていた。優秀な人材は3割もおるのかと、せいぜい1割じゃないかというような指摘も実は財務当局からきておる」とホンネを答弁。返還免除者は3分の1に削られることとなり、教育の機会均等がいっそう掘り崩される方向が明らかになりました。 |
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民主的な教員を排除するな
――「不適切な教員」の処分を許さない―― |
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| 「不適切教員」への「研修」の実態を暴露―― |
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政府は、2001年、子どもへの指導が不適切、研修してもなお指導が適切にできないなどを理由に、都道府県教育委員会が「不適切」と判定して教職をやめさせ、配転できることとする「地方教育行政法改正案」を国会に提出しました。この法案はすべての教員の「指導力」を1年単位で評価するという教育改悪の一環でした。
はたの議員は、2001年6月19、21、25(参考人)、26、28日の文教科学委員会で、5回質問に立ち、「指導不適切教員」とほぼ一致する都道府県などが実施している「指導力不足教員」にたいする研修の実態を暴露し、特定の教員を「研修」なるものに追い込み、退職を迫るものであると法案の撤回を主張しました。
○指導力と関係ない「研修」を押し付ける○
はたの議員は、「指導力不足」教員にたいする都道府県レベルで行なわれている研修の実態について、「指導力不足とは関係のない、上司の命令に従う義務など公務員の心構え、教員の人事考課制度導入の背景などについて毎回毎回リポートを書かされている」と指導力の向上とは無縁の実態を暴露しました。また、ビアホールでの研修と草取りを命じられ教員が抗議すると、「自分の課題と関係あることが理解できないのか」と県教委からいわれ、引き続き研修を受けさせている例をあげ、「体のいい退職勧奨だ、教員を復帰させないためのアリバイづくりだ」と批判しました。
はたの議員が、「指導が不適切」な教員を免職・配転する問題をただしたのにたいし、矢野重典・文部科学省初等中等教育局長は、「新たな研修等を行なうことを義務づけたものではない。新たな研修等の措置を講じたとしても効果がないと判断できる場合は直ちにこの措置(不適切教員としての判定)を適用することが可能」と答弁。はたの議員は「不適切な教員に指導・研修もしない。最初から結果がわかっている法案だ」と追及しました。はたの議員はさらに、「転職のあき」について質問、矢野・初中教育局長は「適性や知識にマッチした新しいポストがなければ転職させることはできない」と答弁し、指導力量アップなどという名目が嘘であり、その教員が辞めるまで研修を続けさせることが明らかになりました。
2002年、23の教育委員会で、指導力不足教員を「認定」しましたが、指導力不足ぎみを理由に教育委員会が研修をおこなった教員は226人、研修後に現場復帰したのは94人(45.6%)、半数以上の132人が現場に戻れませんでした。はたの議員が指摘した「体のいい退職勧奨」が強要されていることを示すものとなっています。
○「不適切な教員」としての処分を許さない○
はたの議員事務所の問い合わせに文部科学省は、「指導力不足教員とほぼ一致する地方教育行政法上の『不適切』教員の数は把握していない」。また不適切教員として「転職措置が講じられた教員はないものと承知している」と回答。強行された法律による「不適切」教員の処分がなされていないことが明らかとなりました。教員などのたたかいと、はたの議員らの国会論戦によって「処分」を封じています。
2001年、政府は「教育改革」を推進するとして、不適切教員に関する法案の他に、学校教育法・社会教育法改正案を提出しました。学校教育法は、子どもの権利条約の趣旨に反して子どもの意見表明権を削ぎ、社会教育法は子どもにボランティア活動を義務化し教育基本法でいう自主性を奪うものでした。はたの議員は、大学への飛び入学、ボランティア活動は成績・評価の対象からはずすべきだなどと質問し、6月29日には本会議で、教育改悪3法案にたいする反対討論を行ないました。
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| 教職員のチェックやめよ――横浜市の「対応シート」で追及 |
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はたの議員は、2000年3月15日と3月28日の文教・科学委員会で、卒業式・入学式などでの「日の丸」「君が代」の問題と職員会議のあり方について質問しました。
はたの議員は、「日の丸」「君が代」を強制すべきでなく、「職員会議で教職員が自分の意見をいうことは自由である」と政府の見解をただし、中曽根弘文・文部大臣は「活発な意見交換がされるのはいいこと」と答弁しました。
はたの議員はまた、日本の教職員も市民が一般に享受する一切の市民的権利を自由に行使すべきであることを定めたILO・ユネスコ「教員の地位に関する勧告」第80項が適用されることを確認したのにたいし、中曽根・文部大臣は「ご指摘の通り」と認めました。
はたの議員は、「職員会議で自由な発言ができるのは当然といえるか」と質問。阪田雅裕・内閣法制局第一部長は「建設的な意見の交換が期待されている」と答弁しました。はたの議員は、「ところが現場はそうなっていない。職員会議で自由にものがいえない、反対をいう権利がおかされている」と、横浜市教育委員会が「日の丸・君が代」にたいする教職員の対応をチェックさせる「対応シート」を校長に配布したことをとりあげ、追及しました。中曽根文部大臣は、「対応シート」はみていないとしながらも、「問題ない」などと強弁。はたの議員は「思想・良心・表現の自由が侵害されている」と抗議し、実態を調査し、「対応シート」を撤回するよう指導すべきだと迫りました。その後、明らかな形での「対応シート」の使用は行なわれていません。 |
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時代おくれの文部科学省
――国立大学受験資格―― |
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| アジア系学校も受験資格――大学の判断で2004年度入試から |
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はたの議員は、2003年3月20日、文教科学委員会で、文部科学省がアジア系外国人学校に国立大学の受験資格を認めなかった問題を追及しました。遠藤純一郎・文部科学省高等教育局長は、受験資格を検討した過程で、アジア系学校の大学の入試資格の現状について詳しい調査をしていなかったことを認めました。はたの議員は、「平等にすべきだ」と主張、遠山敦子・文部科学大臣は「検討している」と答弁しました。
その後、文部科学省は、外国人学校卒業生の大学受験資格問題で、各大学の個別の判断で資格が与えられる方式をとることとし、2004年度の入試に間に合うよう関係省令などを改正することになりました。
この問題で、文部科学省は、外国人学校卒業生の受験資格問題について、2003年3月、英米系のインターナショナルスクールに限って認める方針を打ち出したため、朝鮮学校などアジア系学校関係者から「差別的扱いであり、人権侵害だ」との批判の声が上がっていました。 |
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神奈川の教育に貢献する横国大
「占有率」? |
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| 横浜国立大学教員養成学部廃止問題――卒業生の地元貢献を認めさせる |
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はたの議員は、2003年4月15日、文教科学委員会で、教員養成大学・学部卒業生の地元都道府県への就職率について、文部科学省の示す「占有率」は実態を反映せず誤解を与えるものだとして是正を求めました。遠藤純一郎・文部科学省高等教育局長は、自ら出した地元「占有率は不完全な数字」であり、関係者に「説明していく」と非を認めました。
この文部科学省が出した「占有率」は、2001年11月22日、「今後の国立の教員養成系大学・学部の在り方について」という報告書の参考資料として示されたもの。全国平均で、8.7%しか地元に教員として採用されていないようになっています。そのうえ、たとえば神奈川県について、2001年度では横浜国立大学教員養成学部の「地元占有率が4.6%という現実がある」と遠山敦子・文部科学大臣が答弁し(2002年5月22日)、関係者の怒りと混乱を引き起こしていました。
遠藤・高等教育局長は、「関係者からの要望」で教員養成学部卒業者の地元都道府県への採用状況等の資料を作成したが、「占有率は不完全な数字」であると答弁、遠山・文部科学大臣も「局長答弁のとおり」と非を認めました。
はたの議員は、2002年度の横浜国立大学教員養成学部の「地元での採用率は82.3%」であり、地元教育に貢献していると主張、文部科学省の論拠を覆しました。
はたの議員はまた、国立大学法人化法案の質疑のなかで、「大学の再編・統合について中期目標や計画に大学の意に反して強制することはない」と答弁させました。 |
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「学問の自由」に新しい法理を
──世界に開かれた大学教育を── |
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| 学問の自由を侵害する国立大学法人法案 |
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はたの議員は、2003年5月23日、国立大学法人法案の本会議代表質問で、文部科学大臣が大学法人の「中期目標」を決定することは学問の自由を侵害する、また「中期計画」を認可することは教育の内容や方法などに干渉することになる、さらにこの変更命令や罰則があることは政府に教育と研究に不当な支配を許すことになるなどと主張しました。
はたの議員は引きつづき、6月5日、文教科学委員会で、「大学の教育・研究は対象領域も深くて広い。大臣にすべての大学の中期目標を決定する能力はあるのか」と質問。遠山敦子・文部科学大臣は「個々の研究の具体的内容については専門家にきくのが一番だ」と答え、大臣に決定能力がないことが浮き彫りになりました。はたの議員は、法案は国の介入を招き、学問の自由を脅かしかねないと指摘したのにたいし、遠山・文部科学大臣は「学問の自由を守るのは当然。国は教育研究の内容には介入しない」と型どおりの答弁。はたの議員は「ではなぜ、教育研究の質の向上にかかわる中期目標を大臣が決めるのか。原案にない内容を押し付けることもあるのか」とただしました。文部科学大臣は「大学が作成した目標の原案があまりに抽象的なら、書き足すよう意見をいうかも知れない」と教育研究の具体的な内容にも国が関与していくことを認めました。
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| 大学授業料の値上げは必至、官僚の「天下り先」づくり |
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はたの議員は、7月1日、文教科学委員会で、国立大学法人法案は授業料の値上げを引き起す危険について質問しました。はたの議員は、国立大学の学長アンケートで学費が上がるとしていることをあげ、「国民の間で懸念が高まっている。授業料はどうなるのか明確にせよ」と質問、遠藤純一郎・文部科学省高等教育局長は「検討中」と値上げを否定しませんでした。
はたの議員は、法案で、大学法人に2-8人の理事、2人の監事(総定員584人)を置くことになっていることは新たな天下り先をつくるものと追及しました。はたの議員は、「学長・理事の役員報酬は年1725万円、監事は1367万円との案を文部科学省は出している。総計で年約96億円になる」との試算を示し、授業料値上げはあいまいにしながら、天下りだけははっきりしているのかと批判、「天下りはしないと明言すべきだ」と迫りました。文部科学大臣は「学長が大学の将来を考えて任命する。行政経験者を選ぶ場合もそうだ。その見識を信頼する」と答え、天下りを容認する姿勢を示しました。
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| 自由で創造的な教育研究を保障すべき |
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| はたの議員は、2003年7月9日、本会議で反対討論に立ち、「法案は大学の自主性・自律性を阻害し、学問の自由を侵害するものであり、大学改革というのなら、国の責任で高等教育予算の大幅増額、経理の公開、財政配分の公正な配分のために独立した大学財政機関を確立し、自由で創造的な教育研究を保障すべきである」と主張しました。 |
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芸術家・芸能家の地位向上を進め、
権利の拡大に力をつくす |
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| 芸術家などの地位向上を推進する文化芸術振興基本法 |
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はたの議員は、2001年11月29日、文教科学委員会で、文化芸術振興基本法案について、表現の自由については憲法や答弁で担保されていること、文化芸術活動の内容にたいする行政の不介入を明確にすること、また公的支援にあたっては団体によって差別・選別しないことなどを質疑で明確にして賛成しました。
文化芸術振興基本法は、文化的権利や芸術家の地位向上をめざすもので、約6万人の芸能実演家が参加する芸団協(日本芸能実演家団体協議会)など多くの文化芸術団体・個人が十数年にわたって研究し、制定を求めていたものです。
2002年2月26日、日本共産党国会議員団は、文化芸術振興基本法を実効あるものにするため、37の芸術・文化団体と会合をもち、芸術家の社会保障や労働条件の改善など地位の向上などについて懇談しました。
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| 映像についての報酬請求権を認めよ |
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2002年の著作権改正で、実演家が40年来要望してきた名誉・声望などを保護する著作隣接権の人格権が認められました。しかし、俳優のビデオやDVDにたいする「報酬請求権」は認められませんでした。報酬請求権とは、CDなどに録音されている歌手などの音の実演を複製販売したり放送で利用する場合に歌手などの実演家の許諾を得るかまたは報酬の支払いを必要とすること。しかし、ビデオやDVDについては報酬請求権が認められていないため、ビデオやDVDに録画されている俳優などの演技などの映像の実演については、放送などに利用する場合、実演家の許諾や報酬の支払いが必要ないことになっているため、売上げがいくら増えても、実演家は一円も請求できないことになっています。
はたの議員は、2000年11月7日の文教科学委員会に続いて、2002年4月11日、同委員会で、映像の報酬請求権について質問しました。はたの議員は、映像の「報酬請求権があれば、アメリカのスクリーン・アクターズ・ギルドの基準、例えば配給収入の4.5%で仮に計算すると、日本の場合は2001年度では約70億円の収入になったはず」と、音の実演と映像の実演の差異をなくし、俳優などの実演家の権利の拡大を求めました。銭谷真美・文化庁次長は「映像の実演と音の実演と同様の権利を付与することについて、現在、世界知的所有権機関(WIPO)で新条約の検討がなされている。映像の実演家に権利を付与することを前提として、映像分野の著作権等に係る諸問題に関する懇談会を設けて、検討を行なっている」と答え、報酬請求権創設の方向で、俳優の「地位向上」を図っていくことを明らかにしました。
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| 「芸能法人前納制」廃止――40年目の要求実現に貢献 |
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はたの議員は、2002年4月11日、文教科学委員会で、「芸能法人にかかわる所得税の源泉前納制度は芸能法人が泡沫企業であるとの過去の認識にもとづき制定されたものであり、前世紀の遺物である」。国は一方で芸術振興といって芸術団体に助成をしているのに、他方で芸能法人は「税制上は信用できないから先に取る、こんな差別的なことはない」と制度の撤廃を求めました。
芸能法人の税金前納制度は、芸能法人が公演する場合、公演収入が入る前に、公演料等の10%を先取りして納める方式で、一般の企業とは違う「差別的」なものであり、芸能法人の活動の障害の一つとなっていました。約6万人の実演家が参加する芸団協は長年、この税制は「中立でない、芸能の差別税制」であり、芸能は社会発展に大きく貢献していると、撤廃を要望してきました。日本共産党国会議員団が2002年11月7日に開催した「日本芸術文化振興会の独立行政法人化と公的支援を考える懇談会」では、日本俳優連合が、前納税制の廃止を訴えていました。
大武健一郎・財務省主税局長は、はたの議員にたいし、「芸能法人の実態をよく聞かなければならない。勉強していきたい」と国会答弁しましたが、運動の広がりをうけて、文部科学省は「2003年度税制改正要望」に初めて、前納制廃止をかかげ、2003年度からの廃止が決まりました。
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| 映画芸術振興予算の拡充を |
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| はたの議員は、2000年11月7日、文教・科学委員会で、松竹の大船撮影所が6月に閉鎖されたことに関して、映画作成への助成の大幅増額を求めました。はたの議員は、日本の映画制作への助成は年平均2億6000万円、これにたいしてフランスは1996年536億円、イタリアは1995年146億円であることを指摘し、映画制作に「抜本的支援策をもつべきだ」と主張しました。大島理森・文部大臣は「映画は大いなる文化のひとつという認識をもっている」と答え、映画芸術振興事業予算を大きく拡充する方針を示しました。 |
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文化遺産としての映画フィルム、
戦争遺跡の保存を |
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| 映画フィルム保存予算約9倍に――2004年度文化庁概算要求で |
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文化庁は、2004年度予算概算要求で、「わが国の文化遺産である映画フィルムを後世へ確実に継承するため」、5億100万円の予算を要求しました。これは2003年度予算5400万円の約9倍です。国立の映画専門機関である東京国立近代美術館フィルムセンターが約400本のフィルムを収集・保管します。
2003年4月、映画に関する懇談会の提言「これからの日本映画の振興について」は「文化遺産としての映画フィルムの保存」を基本方向とし、「国は国内で製作され公開された映画作品を文化遺産として保存・継承を行う必要がある」と強調していました。
はたの議員は、2003年5月22日、文教科学委員会で、フィルム保存について世界各国でさまざまな取り組みがなされており、日本は予算・人材が少ないと、国に取り組みの強化を求めました。
この大幅な予算増は、はたの議員も呼びかけ人になって、党国会議員団に「映画チーム」を発足させ、フィルムセンターの相模原分館(淵野辺)・撮影所(東映京都、東京)視察などを行なうなど、映画人とともにねばり強く活動した結果です。
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| 戦争遺跡保存――史跡指定へ向け詳細調査対象を選定 |
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| はたの議員は、「戦争遺跡保存全国ネットワーク」(十菱駿武代表)とともに、横浜市港北区の旧連合艦隊司令部があった日吉台地下壕をヘルメットと長靴で視察しました。はたの議員は、2002年6月25日、文教科学委員会で、戦争遺跡保存を要求しました。文化庁はその後、国指定史跡に向け日吉台地下壕を含む詳細調査対象遺跡50件を選定しました |
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玄倉川キャンプ事故、大日岳崩落事故の再発防止を
安全な野外スポーツを |
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| 野外スポーツの事故防止 |
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はたの議員は、2000年8月9日の文教・科学委員会で、キャンプなどの野外活動の事故防止策について、文部省の対応をただしました。
1999年、神奈川県の玄倉川で集中豪雨による濁流にのまれ、13人が犠牲になるキャンプ事故が起きました。はたの議員は、事故当時現場にかけつけ、1年後にも調査に訪れました。
はたの議員は、日本キャンプ協会や神奈川県野外活動協会などが事故の後、パンフレットなどをつくって、啓蒙活動を行なっていることにふれながら、野外スポーツの事故防止について質問しました。
はたの議員は、野外スポーツを安全に楽しむための啓発・啓蒙の強化、野外スポーツ活動の専門的な知識と技能を持った指導者の養成・研修と配置、各省庁とも連携したキャンプ地周辺などの危険箇所などの調査――について、制度の充実や予算の確保などを求めました。
大島理森・文部大臣は「野外活動や体験学習を積極的に進めていきたい。野外活動指導者研修会の講義・実習で安全対策をいっそう取り入れていかなければならない」などと答弁しました。
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| 文部科学省は大日岳事故の責任をとれ |
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| 北アルプス・大日岳で、文部省登山研修所で2人の学生が雪庇(せっぴ)の崩落で死亡する事故がおきました。事故から3年目にあたる2003年3月5日、遺族は、文部科学省に事故の責任を認め、謝罪を求める署名を提出しました。署名は神奈川県、兵庫県を中心に個人約35000人と団体63分。学生が在籍していた東京都立大学の教職員組合、国民救援会、登山家などが同席しました。はたの議員も立会い、遺族を励ましました。 |
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